結婚を機に自分の家族の歩みを振り返ってみた

家族
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僕は先日無事に結婚式を終えました。

毎日仕事に追われる日々であまり気持ちに余裕がなかったのですが、結婚式の準備をしている時にふと自分の家族のこれまでの歩みを思い返してみました。

それは母がお気に入りだという家族写真を見せてくれたからです。

押し入れから写真を出し、一枚一枚昔の懐かしい写真を見るうちに、自分の家族に対して今までとは少し違う感情が沸き上がってきました。

なかなか自分の家族の事をじっくり振り返るような事もこれまでなかったのですが、今回結婚を機に感謝の想いを忘れないため、そして親孝行をしていこうと決意するためにも文字にしておこうと思いました。

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僕の家族構成

 

 

まず、僕の家族の事を紹介しておきます。

結婚をするにあたり僕と姉は家を出ているのですが、これまでは家に3人(母・姉・僕)で暮らしていました。

父は僕が小学6年生に上がるときに白血病により他界しています。

父は亡くなった当時39才、母も同じ39才、姉は13才僕は11才でした。

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家族に深刻なダメージを与えた父の死

 

 

僕の父は学生時代はサッカーをしており、高校生の時は冬の選手権の県大会決勝を戦うほどの実力者でした(高校野球で言えば甲子園の県予選と同じです)

体力もあり生前はガッチリとし、筋肉質な体型でした。

四駆自動車に乗りバイクやゴーカートなどが自宅の倉庫にあり、僕もよくそれに乗せてもらって庭で遊んだりしていました。

とてもアクティブでアウトドア派な父の提案で海や山にバーベキューやキャンプをしによく出かけていました。

誰にでも優しく、とてもハンサムだった父は周りのみんなからとても慕われていました。

家族にはさらに愛情を注いでくれ、姉と僕の事は宝物のように優しく包み込んでくれました。

今でも腕に抱かれながら寝ていた時の父の匂いをはっきり覚えています。

そんな父は39歳という若さで白血病によりこの世を去ってしまいます。

家を建てるのが夢だと語っていたそうですが、その夢を叶えた5年後のことです。

僕は当時の記憶が薄れていてよく覚えてないので母から聞いたのですが、病院に運ばれる前は最近疲れが取れないと言っており、ある日仕事から帰ってくるなり横になって『起き上がれない』と言い始めたそうです。

その後意識が朦朧とし始めました。

これは危ないと感じた母が救急車を呼び病院に運ばれます。

検査の結果、父が白血病だと宣告されることとなります。

さらに僕たち家族が大きなダメージを負ったのは父との別れが早すぎたことです。

白血病だと宣告をされ父が息を引き取ったのは、入院してから僅か10日間という期間でした。

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父が他界後家族に起きた変化

 

父が他界した直後の事は正直よく覚えていません。

母も同じで通夜や葬式などの記憶があまりないというのです。

それから少し時は経ち僕たちの家庭は一時、父の生前にはあり得なかったほどに荒れてしまします。

母は元々ガーデニングが趣味で父と一緒によく庭いじりをしていました。

美しい花が庭に溢れていたのですが、手入れができなくなった庭の花たちはすっかり枯れてしまい無くなってしまいました。

また、家の中の掃除もままならなくなり、一時テーブルの上にごみが溢れかえっている状態が続きました。

活発だった姉も部屋に引きこもりよく部屋からはすすり泣くような姉の声が聞こえていました。

僕は父の死を信じられなく、受け入れることができず、ただただそんな母と姉の側にいました。

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家族を守ってくれた母

 

正直、母が立ち直ってくれなければ僕たち家族はまた違った形になっていたかもしれません。

母は父の死後、必死に働き僕と姉を守ってくれました。

父が亡くなった翌年には僕が中学校に入学し姉が中学校三年生ととても大変な時期でした。

元々僕の家は両親が共働きでした。

母はパートとして働いていた職場を離れ資格を取りドラッグストアに責任者として就職します。

朝から出勤し帰宅は遅くとてもハードな職場だったと話していました。

しかし母のおかげで僕と姉は何不自由なく学生生活を送ることができました。

そんな母の姿を見て僕たち姉弟は最低限の家事をしよう、と話合いなんとか家庭内の環境は回復していきました。

そして僕は小学生の頃から高校生まで途切れることなく野球に打ち込むことができたのです。

僕が中学生のある日、僕はたまたま母が誰かと電話で話しているところを聞いてしまいます。

『私にはこの子達だけが生きがい。』

涙声を押し殺し、そう話す母を見てしましました。

僕たちの前では明るく気丈に振舞う母でしたが時々とても辛そうにしていることがありました。

しかし僕は、お父さんが死んだから、とか、お父さんがいてくれたら、などの後ろ向きな言葉を母から聞いた記憶がありません。

今でもそうですが、母はとてもプライドが高く強い女性です。

母は父の死から立ち直り僕たち家族を守ってくれたのでした。

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結婚を機に母に伝えたこと

 

結婚という名の独り立ちができたのは紛れもなく父と母のおかげです。

父が建ててくれた立派な家は今でも姉夫婦やその子供、僕たち夫婦達が集う場所になっています。

父がくれた家族に対する愛情は今でもしっかりと僕の中に残っており、父のように自分の家族を暖かく包み込めるような男でいたいという信念もあります。

母は身を削り失意の中でも僕たち家族を守り、育ててくれました。

そんな父と母にしっかりと感謝を伝えることができました。

父には墓前で。

母には自分の言葉で伝えました。

辛い事もあったと思うけど家族を守ってくれてありがとう。

これからは僕がお母さんを幸せにしていきます。

この言葉を伝えられたことで母はやっと肩の荷が降りたと言っていました。

少し大げさかもしれませんが確かにそうなのだと思います。

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さいごに

 

今回は結婚するにあたり自分の家族について振り返ってみました。

父が亡くなった当時の事や家族四人の思い出なども母に聞いたりしながら、そういうこともあったんだなと僕の記憶にない事を知る機会にもなりました。

昔の幸せそうな家族四人の写真を見て、寂しさや切なさや感謝や決意など様々な感情が沸き上がってきました。

この『家族のこれまでを振り返ってみる』という行動はこれからの人生においてもとてもいい機会になったと思います。

そして、たまには昔の家族四人の写真を見て初心に戻りたいと思います。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

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